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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)3467号 判決 1971年2月26日

原告 大河原昇

右訴訟代理人弁護士 鈴木晴順

右訴訟復代理人弁護士 佐々木良明

被告 中央不動産有限会社

右代表者代表取締役 郭少東

右訴訟代理人弁護士 木村健一

同 徳永健

主文

被告は原告に対し金三〇〇万円および、これに対する昭和四四年一〇月一日から完済まで、年五分の金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

「被告は原告に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和四四年二月一日から完済まで年五分の金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1  訴外上島久は昭和三九年七月一七日被告から同人所有の東京都中央区銀座八丁目二番地所在青柳ビル(鉄筋コンクリート造七階建)七階の貸室三九・六六平方米(一二坪(以下本件貸室という))を借り受け、同日被告に対し、金三〇〇万円を次の条件で貸し渡した。

(一) 弁済方法、元金は契約締結の日から一〇年間据置き、一一年目より向う一〇ヶ年間にわたり毎年五月末日限り均等に分割して年賦償還すること。

(二) 契約締結の日から、一〇年間は無利息とし、一一年目より借入残元金に対して年一分の割合による利息を毎年三月末日に支払うこと。

(三) 被告が本件賃貸借の契約期間(二〇年)中に法定の正当事由にもとづき賃借人に対し、解約の申入をし契約が終了した場合には、右(一)(二)の規定にかかわらず賃貸借契約の終了と同時に残存債務全部を返済すること。

2  訴外上島は昭和四三年初めころから、本件貸室につき被告に対し賃料(月額金六万円)の支払を遅滞したので、被告は右債務不履行により本件賃貸借契約の解除の意思表示をし、その後上島に対し本件貸室の明渡請求訴訟を東京地方裁判所に提起して(同庁昭和四三年(ワ)第九、二三六号建物一部明渡等請求事件)勝訴判決を得、本件貸室の明渡を得た。従って右賃貸借契約は終了し、前項(三)の特約により被告は右訴外人に対し、さきに同人が差入れた前記金三〇〇万円を返還する義務が発生したのにかかわらず、その支払をしない。

3  原告は、昭和四一年一一月一七日右訴外上島に対し、次の条件で金三〇〇万円を貸渡した。

(一) 利息年八分、遅延損害金年一割六分、利息は毎月二五日限りその月分を支払うこと。

(二) 元本支払方法

イ、昭和四二年四月二五日、金一〇〇万円

ロ、昭和四二年五月二五日、金一〇〇万円

ハ、昭和四三年六月四日、金一〇〇万円

しかるに右訴外人は元本並びに利息の支払をまったくしなかったので原告は右訴外人に対し、貸金元本金三〇〇万円およびこれに対する昭和四一年一一月一七日から昭和四三年六月四日までの年八分の割合による利息並びに損害金、昭和四三年六月五日から完済に至るまで年一割六分の割合による遅延損害金債権を有し、原告は右貸付元利金債権について得た東京地方裁判所昭和四三年(ワ)第六六八九号貸金請求事件の執行力ある判決正本に基き右訴外人が第三債務者たる被告に対して有する前記貸金元本三〇〇万円の債権に対し債権差押並に取立命令(同庁昭和四四年(ル)第一五四号事件)を得、右命令正本は昭和四四年一月二四日債務者たる右訴外人に、同月二一日第三債務者たる被告に送達された。

そうして、原告は、被告に対し、右取立命令にもとづき同年二月一〇日到達の内容証明郵便をもって右書面到達の日から五日以内に右金員を原告に支払うべき旨を催告したが、被告はこれに応じない。よって、原告は被告に対し右金三〇〇万円および右催告の後である昭和四四年二月一五日から完済まで年五分の割合の遅延損害金の支払を求めるため本訴提起に及んだ。

二、請求の原因に対する答弁

1  請求原因第一項は認める

2  請求原因第二項中、上島久が昭和四三年初めから賃料の支払を遅滞し、被告が同人との間の本件貸室の賃貸借契約を解除したこと、ついで被告から上島に対して本件貸室の明渡訴訟を東京地方裁判所に提起し、被告勝訴の判決を得本件貸室の明渡を得たことは認めるがその余の事実はすべて否認する。

3  請求原因第三項のうち原告が原告主張のとおりの債権差押並びに取立命令を得、原告主張の日に被告および訴外上島に送達されたこと、原告から被告に対し原告主張のとおりの催告書が送達されたことは認めるが、その余の事実はすべて知らない。本件金員の借入は本件室の賃貸借契約と別個、独立のものである。そうして、本件金員が賃借人に対し返還される場合は原告主張のとおり賃貸借契約書上の特約(同契約書第四条、第五条)に該当する事由に限定されるのであって、右特約によれば被告が法定の事由にもとづき解約の申入れをした結果賃貸借が終了した場合をいうのであり、賃借人が賃料支払債務の不履行により契約の解除を受けた場合を包含しないことは文理上明白である。被告は訴外上島の立退後の昭和四四年一〇月一日株式会社プロダクション「21」(代表者砂山利宗)に対し本件貸室を賃貸し、同時に金三〇〇万円の貸付を受けたが、このことと上島から受領した本件金員の返還とはなんらの関連がない。すなわち、賃貸人は貸室の提供の見返りとして金銭消費貸借上の利益を享受するのであるが、賃借人が債務不履行により契約を解除されたときはみずからその利益を放棄したものにほかならない。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、訴外上島久が昭和三九年七月一七日被告から同人所有の東京都中央区銀座八丁目二番地所在、青柳ビル(鉄骨鉄筋コンクリート造七階建)のうち七階の貸室三九・六六平方米(一二坪)を存続期間二〇ヶ年、賃料月額六万円の約定で賃借し、同時に賃借人たる上島が被告に対し、金三〇〇万円を(一)弁済方法、元金は契約締結の日から、一〇年間据置き一一年目から向う一〇年間にわたり、毎年五月末日限り均等に分割して年賦償還すること、(二)利息は、契約締結の日から一〇年間は無利息とし、一一年目から借入残元金に対して年一分の割合による利息を毎年三月末日に支払うこと、(三)被告が本件貸室契約期間(二〇年)中に法定の正当事由にもとづき訴外上島に対し解約を申入れ契約が終了した場合には、右(一)(二)の規定にかかわらず、賃貸借契約の終了と同時にこの金銭消費貸借契約にもとづく残存債務全部を返済すること、との約定で貸し付けたこと、ところで、上島は昭和四三年はじめころから本件貸室の賃料の支払をまったくしなかったから被告は、上島に対し本件賃貸借契約の解除の意思表示をし、右賃貸借が契約解除により終了したことは当事者間に争いがない。

二、そこで、右消費貸借契約にもとづく被告の上島に対する貸付金返還債務の履行期が到来したか否かにつき判断する。

1  ≪証拠省略≫によれば、賃貸ビルの建設には多額の資金を要するため賃貸人は第三者(本件では建設会社)からの借入金によりまかなうことが往々存するが、賃貸人は更にその負担を賃借人に転嫁するため賃貸借契約の締結に際して長期の返済の約定のもとに建設協力金という名目で賃借人から金銭の借入れをすることが行われており、原被告間の前記金銭消費貸借契約にもとづく本件金員も右趣旨の建設協力金として授受されたものであることが認められる。

2  そうして、どのような場合に右金員を返還すべきかについては前掲のように約定の返済期限が到来したときと賃貸借契約存続期間中「賃貸人が法定の正当事由にもとづいて解約の申入をし賃貸借契約の終了した場合」のほか、成立に争いのない甲第二号証(金銭消費貸借契約証書)によれば借主が解約の申入れをし、賃貸人がその後第三者と賃貸借契約並びに金銭消費貸借契約を締結した場合に返還することとされていたことが明らかであるが、本件におけるように賃借人の賃料債務不履行により賃貸借契約が解除により終了した場合については、右金銭消費貸借契約書上なんらの取り定めもなされていない。

よって、前記建設協力金の性質に徴して考えれば、右金員は賃貸借契約に附随して貸付、授受されるものであり、かつ将来返還の予定されるものである以上賃貸借契約の終了により当然返還されるべきすじあいのものであろうが、借主たる賃貸人はビル建設のため借入れをした資金の返済計画に支障を生ずる不利益を回避するため賃貸借終了の場合における右金員返還の時期を右のように場合を分けて特約したものと認めることができる。すなわち、賃貸借契約存続期間中の賃借人からする解約の申入れ(この解約の申入れは甲第三号証の賃貸借契約書第一三条により解約しようとする日の六ヶ月前に通知するか、六ヶ月分の賃料を支払うことにより右予告に代えるかをしなければならない。)のあったときは当該貸室につき新たに賃借人となった者から金銭の借入れのあったことを要するものとしているのは、そのあらわれであり、賃貸人側から解約の申入れをする場合はもともと自己の都合により賃貸借の終了をはかるのであるから即時返還義務を負担することとしたのである。証人竹野清吉は賃貸人からする解約の申入れにより契約の終了する場合とは正当事由による更新拒絶の場合をいうと供述するが、本件賃貸借契約の存続期間は二〇ヶ年の約定であることは当事者間に争いのないところであって、賃貸借の契約の更新の際には既に前記約定により返済が完了していることとなるから右供述は誤解にもとづくものというべきであり、また賃貸借契約の存続期間中に賃借人は賃貸人側の事情にもとづく事由のみによって解約を強制されるべきいわれがないから右解約の申入れによる賃貸借の終了の場合とは賃借人が賃貸人からの解約の申入れに合意した場合に限定されるといわなければならない。

そうして、本件のように賃借人の賃料債務の不履行により賃貸借の解除された場合にはその賃貸借終了の原因は専ら賃借人側に存する事情にもとづくものというべきであって、この意味で前記賃借人からの解約の申入れのあったときに類似するのであるが、他方賃貸人も既に当該貸室を第三者に賃貸し新たに建設協力金を受領した以上さきの賃借人からの建設協力金を保有すべきものでないことは同金員の性質並びにこれを授受する目的からしておのずから明らかである。もっとも当事者間においてかような場合においても即時返還を要せず当初約定の返済方法による旨の約定があれば格別であるが、本件においては右趣旨の特約は存しない。

しかして、前記賃借人上島が本件貸室を退去、明渡し、被告はこれを第三者に賃貸し、同時に上島との場合と同様に本件金員と同額の建設協力金を受領したことは被告の自認するところであり、右賃貸借並びに金員受領の日が昭和四四年一〇月一日であることは≪証拠省略≫に徴してこれを認めることができるから被告はこれと同時に、さきに上島から受領した金員を同人に返還すべきであり、従って、上島に対し本件金員およびこれに対する昭和四四年一〇月一日以降完済まで民法所定の年五分の遅延損害金を支払うべき義務があることが明らかである。

三、≪証拠省略≫によれば、原告が前記上島に対し原告主張のとおりの貸金債権があり、これにつき当庁において仮執行宣言付き勝訴判決を得たことが認められ、右執行力ある判決正本にもとづき原告が本件金員につき債権差押並びに取立命令を得、原告主の日に債務者上島および第三債務者たる被告にそれぞれ送達されたことは当事者間に争いがない。もっとも、右差押並びに取立命令は被告の上島に対する本件金員の返済時期未到来の段階でこれに対し執行されたものであるが、これにより右差押、並びに取立命令の効力は左右されないと解すべきである。

従って、被告は原告に対し本件金三〇〇万円およびこれに対する昭和四四年一〇月一日から完済まで年五分の遅延損害金の支払義務があるが右遅延損害金の支払請求中これを超過する請求部分は理由のないことが明らかである。よって、原告の本訴請求は右限度でこれを認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を適用して、これを全部被告の負担とし、なお仮執行の宣言はこれを附するのは相当でないと認めてその申立を却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 間中彦次)

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